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学術会議会員任命拒否の本音


 この国の「長いものに巻かれよ」「寄らば大樹の陰」という思考(指向)に与する人々にとっては学術会議というようなよく意味のわからない学者の集まりはたぶん「なくてもいい」存在なのだろう。学問とか、学術というようなものは所詮自分たちとは縁のないもの、難しいことはどこかで誰かがなんとかしてくれていて、哲学だの歴史だのというようなめんどくさい学問は世の中の役に立たないもので、試験勉強以外に意味がない、と信じている。いわゆる反知性主義とでもいえばいいのだろうか。

 以前、学校教育の現場で働くとある校長から「失礼ですが、教育学は教育現場の役に立ちません」と明言されたこともある。教育の専門家である人たちの中に反知性主義がかなり昔から遍在していたことはまちがいない。国民の多くが学校教育の中でそうした反知性主義を身体に染み込ませてきたことはたぶんまちがいのないことだろう。教職をめざす学生から「歴史とか数学とか生活の役に立たない科目は義務教育にはいらないと思う」と言われたこともある。反知性主義の根っこはかなり広く、深いのだと感じている。

 だから、ごちゃごちゃ細かいことで目くじらを立てる学者は「役に立つ者だけがものを言えばいい表舞台」に出てくんな、というのも正直な気持ちなんだろう。

 大学の中もいわゆる「現職教員」という人たちが増えてきて、研究という要素が薄くなってきている。言わば「専門学校化」が進行している。それが大学院レベルで進行しているから、いや、大学院で専門職業教育をしようとしているから、筋金入りの専門学校になっていくことはまちがいない。学術研究も「御役に立つ」研究に研究費が投ぜられ、「役立たず」や「腹の立つ」研究には金を出さないようにしようというのもひしひしと感じたことである。

 で、だ。去る11月17日の参院内閣委員会で、井上信治科学技術担当相は山谷えり子(注1)議員の質問に対し、「デュアル・ユース」について取り上げていくような考えを示し、これを学術会議の梶田隆章会長に伝えたとも答弁した。このときの動画は公開されているし、議事録も数日後には公開されるだろう。確認されたい。

 「デュアルユース」というのは文字通り、どっちにも使える技術のことである。どっちもというのは平和にも軍事にもと考えていい。キャタピラーはブルドーザーにも戦車にも使えるし、飛行機も旅客機もあれば軍用機もある。ほとんどの科学技術は軍事目的に転用する可能性があるだろう。デュアル・ユースなどと敢えて口にするのは「軍事利用を意識して」という姿勢の問題にあると言えよう。日本学術会議ではこれまで、1950年に2017年3月に「戦争を目的とする科学の研究は絶対にこれを行わない」という声明を、1967年には「軍事目的のための科学研究を行わない声明」を発している。そして、「学術と軍事が接近しつつある」現状に対する危機意識と、そうした研究が「学問の自由及び学術の健全な発展と緊張関係にある」ことを認識して、2017年3月に「軍事的安全保障研究に関する声明」を発表した。

 そうした矢先なのである。今回の首相による日本学術会議会員の任命拒否とそれに対する批判の黙殺、内閣委員会における山谷えり子議員と井上信治科学技術担当大臣のデュアル・ユースをめぐるやりとり、そして日本学術会議のあり方の見直しという一連の出来事が起きているのである。しかも笑えるのが日本学術会議が軍事的安全保障研究を行わないとするのを学問の自由を侵害しているとみなすレベルの意見が保守派にあると言うことだ(注2)。

 論法としては日本という国家、国防というものを第一に見立てる発想なのだが、かつての超国家主義者たちが国を亡ぼすところまでいったのと同じように、軍事力を背景に外国と敵対することで国家の存在感を強めようというスタンスしか見えない。いや、そのようにすることで、特定の業界に金の流れを作るのが狙いなのかもしれないが、そこまでは詮索しないでおく。

 それよりも日本の学術が積極的に軍事研究に傾斜していくのは非常に不安である。また、利益となって返ってきそうな研究に研究費がまわっているという現実もまたその裏付けであり、利益の1つに軍事があるということだ。

 かつて七博士事件、澤柳事件という学問の自由をめぐる歴史的事件の中で京都帝国大学法科大学の教授陣が総辞職を楯に国と闘い、自由を獲得していった経緯を思えば(注3)、学術会議の諸君も腹を括ってもよさそうなものだが。



注1)山谷えり子はラジオに出ていた山谷親平の娘である。本名は小川惠里子。だが、社会的には旧姓である山谷を名乗り続け、夫婦別姓には反対しているという人物である。

注2)例えば、森清勇、日本人から「学問の自由」を奪ってきた日本学術会議、JBpress 2020/10/15 https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/62490

注3)河東真也、学問の自由とは何だったか、反戦情報 2020/11/15 6頁

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